9月14日に「あれから10年・福島県双葉町」と題した上映会を行い、『原発の町を追われて・十年』(堀切さとみ監督)を上映しました。参加者は20名でした。
VIDEO ACT!では、これまで堀切監督の『原発の町を追われて』シリーズ3作品を上映してきました。本作は福島原発事故から10年という節目に製作された新作です。
2011年3月11日に、福島原発で事故が起きた時、堀切さんはもの凄いショックを受けたそうです。そこに、堀切さんが住んでいた近くの埼玉県加須市にある旧騎西高校に福島県双葉町から住民が避難してきたことを知り、堀切さんはカメラを持って出かけ撮影を始めました。その記録が、『原発の町を追われて』シリーズ3作品になり、この新作につながることになりました。
『原発の町を追われて・十年』は2021年3月、加須市に3.11のモニュメントが出来たシーンから始まります。加須市には現在も双葉町民約400名が暮らしています。
少し時間は遡り、画面は2017年。双葉町では牛を飼っていた鵜沼久江さんは、一から勉強し野菜作りを始めました。支援してくれる人がいる反面、中には「双葉町に帰れ」と言われることもあるそうです。しかし、双葉町はほぼ全域がいまだに帰還困難区域とされ、帰りたくても帰れないのです。また補償金はもらっても、大切なのは人間再生だ、と鵜沼さんは語ります。
堀切さんが最初から撮影してきた田中信一さんは、福島県郡山市に新しく家を建て、4世代で暮らし始めました。妻は、子供たちが双葉町から転校してきたということを言い出しにくい雰囲気があるけれど、私は双葉町から来たということを隠さず言う、と語ります。堀切さんは、田中さんが双葉町の家に行く際に同行し、フレコンパックが山積みにされた中間貯蔵の仮置き場や遺骨を移したお墓、イノシシが荒らした家などを目にすることになります。
福島県浪江町に住む吉沢正巳さんは、希望の牧場を維持し殺処分に応じなかった牛を約300頭飼っています。鵜沼さんが飼っていた牛も預けてあります。希望の牧場の牛には、白い斑点が出た牛もいるそうですが、放射能との因果関係は、きちんと調査されなかったとのこと。
少し時間が経ち、2019年2月。双葉町の田中さんの家が壊される日が近づいていました。田中さんは、諦めるまでには葛藤があった、と語ります。寂しいけど仕方がない、と。そして、埼玉県加須市では、双葉町住民による盆踊りがあり、風物詩になりつつありました。
2020年2月。双葉町では中間貯蔵庫や双葉駅前の工事が進んでいました。掛け声だけの「復興五輪」の足音が近づいていました。3月14日には双葉駅がリニューアルオープン。しかし、双葉町住民はいません。9月には伝承館もオープン。
2021年3月25日。双葉町駅前での聖火リレー。希望の牧場の吉沢正巳さんは、「何が復興か!」と叫びながら車で通り過ぎます。住民を置き去りにした聖火リレーに白けた鵜沼さんは、希望の牧場に向かい、「牛を飼いたい」とつぶやきます。4月。鵜沼さんは見学者に自宅や牛舎を案内し、希望の牧場で鵜沼さんが飼っていた牛のハナに会います。静かなこのシーンに鵜沼さんのこの10年間が凝縮されているように思えました。
堀切さとみ監督が、この10年の節目に新たに作品を作ったのは、避難者の方々がどう生きているのか、知られていないと思ったからだそうです。そして、「10年で報道は終わるだろう」と言う避難者の方もいるそうですが、堀切さとみ監督は、これからも避難者の方との付き合いを続けていきたいと語っていました。
(本田孝義)