2023年05月10日

第117回ビデオアクト上映会〜太田信吾監督短編特集〜 報告文

2022年5月9日、大型連休明けの平日火曜日。第117回ビデオアクト上映会〜太田信吾監督短編特集を行った。上映作品は『エディブル・リバー』『ドライブ・マイ・ソーラーキッチンカー』『門戸開放 〜Open the Gate〜』の3本。有料来場者は26名だった。

2020年冬、コロナ禍で舞台や映画の仕事すべてが飛んでしまったという太田監督。ひとまず、故郷である長野県に戻った太田監督は、毎日車で県内をドライブしたそうだ。ウェブサイト幻冬舎plusへ寄稿したり、テレビ番組の制作している中で、今回の短編の取材対象者と出会っていったという。どの作品も20分ほどでコンパクトにまとめられているが、映像作品としての奥行が深く、長編制作も可能なほどの取材の厚さが垣間見える。また、小型アクションカメラやドローン撮影を駆使し、躍動感のある映像表現も心地よいものだった。

E1.jpg

『エディブル・リバー』
テーマは、ざざむし。長野県伊那谷では、伝統食の珍味として地域に根付いている。海の幸が食べられない伊那谷では、貴重なたんぱく源として、昆虫食が広がっていたという。50年近く愛着をもってざざむし漁を続けてきた漁師・菅沼重真さん。そして、地域に根付く、ざざむしの文化を未来へ繋いでいこうと「ざざむし」の新商品化に向けて活動する高校生たちを見つめた作品だ。

長野県千曲市出身の太田監督。子どもの頃、いなごなどを捕まえて食してもいたが、ざざむしを食したことはなかったという。取材を通して、ざざむしを食べ「イクラみたいにぷちぷちとし磯の香りが広がる。こんな珍味があるのか」と感動したそうだ。

D3.jpg

『ドライブ・マイ・ソーラーキッチンカー』
自作のキッチンカーにて焼きたての焼き鳥丼を販売したり、ボランティアで炊き出しを振る舞い、自転車発電でライブも行う主人公・かのうさちあ(本名:加納知之)さん。彼は、1988年の北海道・泊原発への抗議行動や反原発運動への挫折を背負って生きている。しかし、前向きな彼は世界初(!)のソーラーキッチンカーを仲間と自作。福島に住んでいる、かつての反原発運動仲間をたずねていく。

ソーラーパネルのキッチンカーは、長距離は走れない。充電したエネルギーが限界に近づくと「亀さんマーク」が運転席のパネルに表示され、止まってしまう。高速道路上では、とても危険だ。ソーラーパネルをお日様に当てたり、高速のサービスエリアで充電しながら進む福島までの道中は、ハラハラした。主人公のかのうさちあさんとは、テレビ番組『フードトラッカ−峯岸みなみ』を制作している中で出会ったという。

M3.jpg
 
『門戸開放 〜Open the Gate〜』
タイで活躍していた日本人俳優、ペロン・ヤスさん。タイ人の妻とも別れたばかり。実家で子供とともに自宅に篭る日々。俳優の仕事も激減し、将来への不安を抱えていた。次第に心は荒み、うつ状態に…。そんな彼に、長年うつで苦しんできた友人が「肛門日光浴」を勧める。「肛門日光浴」とは字面の通り、肛門を直射日光に直接当てる健康法だという。犬や猫も、肛門丸出しで日々を生きているではないか。美しい。なんとも清々しい健康法だ。(しかし、日本では路上で丸出しにすることは法的に許されないのだった…)
彼は「肛門日光浴」のルーツを探すため、インドのヨガの聖地・リシケシを訪ねることを決意。そして、インドでロケまで決行してしまう。ペロン・ヤスさんと太田監督の行動力に驚く。

本作でのフィクションの様な撮影方法は、主人公が俳優だから故だという。普通にカメラをまわすと「過剰に演技」をしてしまったから。ただし物語は、現実に起こった出来事に沿って進行していく。この辺りも、太田監督のセンスの良さを感じさせた。

20230509_201146.jpg

太田監督の作品をビデオアクト上映会で行うのは、今回が2回目になる。前回は2010年11月、第52回ビデオアクト上映会〜若者の「リアリティ」〜 上映作品は『卒業』だった。
大学の卒業制作作品として作られた『卒業』は、フィクションとドキュメンタリーの境界を行き来する、おとなの観客を煙に巻くような挑発的な作品だった。この上映会の際、先輩で友人のミュージシャン・増田壮太さんを主人公にした新作「錠剤はいらない(仮題)」を撮影中とのことで、素材をまとめた短編映像が上映された。増田さんはうつを患っており、「この先、本作をどうしようか。どうしたら面白くできるかと悩んでいる」といった報告があった。上映会から2か月後、増田さんが自死で亡くなってしまう。「映画を完成させてね」とメッセージを残して。

のちに本作は『わたしたちに許された特別な時間の終わり(以下、『わたゆる』と表記)』として発表された。『わたゆる』は太田監督の劇場デビュー作となり、2014年に公開された。プロデューサーは、ビデオアクト主宰の土屋豊さんだ。『わたゆる』を試写で観た私は、映写が終わっても立ち上がれないほどの衝撃を受けた。私も2012年に大学時代からの友人を亡くし、闇の中を歩いている日々だった。『わたゆる』から大きな力を私はもらった。拙作『アリ地獄天国』は『わたゆる』へのアンサーソングのつもりで制作した。

今回上映した3作の短編に共通して感じるのは、生きる喜びだ。『卒業』『わたゆる』や次作『解放区』では、生きていくことのしんどさを、まるで爆弾のように抱え、観客の心にズンズンと迫ってくるような作品群だった。
コロナ禍の生活を経て、太田監督は次のフェーズへと移行したようだ。明るい光を感じる、生命力に満ちた映像に、私は心から嬉しくなった。現在制作中という『秘境駅清掃人』も楽しみだ。

20230509_201137.jpg

<追伸>
『エディブル・リバー』で登場するざざむしふりかけ「ザザテイン」。
上映会場で販売されました。私も買い求め、朝ごはんにふりかけて食べました。とてもおいしかったです。次は、ざざむしの佃煮も食べたいです。

20230510_080525.jpg

<文責:土屋トカチ>
posted by VIDEO ACT! スタッフ at 01:00| VIDEO ACT! 主催 上映会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする